【BOOK】心を元気にするバイブル本
「旅をする木」星野道夫

 

「結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。あわただしい、人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間がながれていることを、いつも心のどこかで感じていたい。」 星野道夫の言葉である。

 

付箋がたくさんついた一冊の本。 中を開けば、大切にしたい言葉にはラインが引いてある。 もう、何年経つのだろう。昔、昔、どうしようもなく心が壊れてしまって、人と会うことも、外に出ることもできなくなった時期。 唯一、会って話ができる鎌倉に住むアーチストの友人の家に生まれたばかりの息子の子守りに行った。 自分一人の力ではどうにもできない胸の内を話していたら、側にあった本棚から迷わずに「この本読みな」って渡してくれた一冊の本。 それが、旅をする木。今は亡き写真家の星野道夫の日記のような本。

星野さんは素晴らしい写真家であると同時に、優れたエッセイストだった。読書家であった彼が書く心に深く刻み込まれる美しい文章は、繰り返し読むほどに心に染み渡る。 収録されたエッセイは、星野さんがアラスカの「旅人」から「住人」になる頃のもので、家を構え結婚し、子どもが生まれるという、人生で最も充実した日々のもの。経験を積み上げた充足と希望が見える中、どこかに孤独や悲哀の片鱗が見えるのは、熊に襲われて亡くなった彼の最後を知っているからだけではない、と思う。

 

どんどんと読み進むうちに、自分がなんて小さなところで小さいことを悩み生きているのだろうと思えてくる。目の前にいて語りかけてくれるような近さがあり、狭い世界でジタバタしている自分を全く別の世界に誘ってくれる。

 

この本に出てくる人達には迷いがない。 目の前の出来事を真摯に受け止め、ただ、生きている。 「幸せとは何だろう」と考えさせられる。

 

都会で暮らす自分と時を同じくして雄大な自然の中で生きる人々。日常生活に埋もれていると、異なる場所、異なる時代、自分自身とかけ離れた人々や物に想いを馳せることはほとんどない。
忙しい現代の生活とは異なる世界が確かに存在するのだとふと思った時、不思議な感情が湧いてくる。

 

「人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で、無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。その根元的な悲しみは、言い換えれば人と人とが出会う限りない不思議さに通じている。」

 

読み進むにつれ、色々な雑音が消えて心が透き通っていく。 気がつくと一つ一つの言葉がスッと心に深く届いて沁みわたり涙が流れていた。 この自然界の大きさの中でなんてちっぽけな事で悩んでいたんだろうと思えた。 そうだ。歩き出そう。

 

時折、つまずいた時、心がザワザワする時、迷った時、どうしようもなく哀しい時。 何か、真っ直ぐな自分を取り戻したい時には必ず読む。 何か本質的な事、大切な何かを教えてもらえる私のバイブル本の一つ。

 

いつかきっと、アラスカに行きたいと思う。 星野さんの撮ったアラスカの動物たちの写真も愛が溢れてて大好きだ。 熊を愛しすぎて、きっと熊の世界に連れて行かれたんだろう。

 

「人間の風景の面白さとは、私たちの人生がある共通する一点で同じ土俵に立っているからだろう。一点とはたった一度の一生をより良く生きたいという願いであり、面白さとは、そこから別れてゆく人間の生き方の無限の多様性である。」