【CINEMA】心に残る映画を観よう。
1.BAGDAD CAFEバグダッドカフェ

何となく、ギスギスしてきた自分の心が折れそうになった時、ふと、観たくなる。日本で『バグダッド・カフェ』が初公開されたのは1989年3月。もう、30年以上も前になる。公園通りにあったミニシアター、シネマライズで封切られ、17週間(約4か月)のロングラン公開となった。監督も出演者も特に有名ではなく、アメリカを舞台にしながらも、ドイツとアメリカの資本で作られている。ヒットするような派手な要素は何もなかったが、その良さがじわじわと浸透し、80年代の渋谷を代表する人気作品の1本となった。

 

 ずっと緑っぽいような黄色っぽいようなエフェクターがかかった色合いの少し荒い映像で時間がゆっくりと流れていく砂漠の風景。 旅行者とおぼしき中年の男女が車で移動しているが、ふたりの仲は険悪で、激しい口論になる。そして、男は女を残したまま、車で立ち去る。がらんとした砂漠にポツンと残された巨体のヒロイン、ジャスミン。激しい太陽が照りつけているのに、彼女は茶色のスーツを着ていて、重いトランクを引っ張っている。靴が土の中にのめり込み、歩くことさえ、ままならない。それでも、とにかく前に進むしかない。やがて、たどりついた一軒の店、バグダッド・カフェ。ジャスミンはオーナーのブレンダに出会う。オアシスとして存在するはずの、バグダッド・カフェは、妻のブレンダと夫の喧嘩や、ブレンダの機嫌の悪さによる子どもたちのストレスによりギスギスしていた。ふたりが初めて顔を合わせた時、ジャスミンは汗を拭き、ブレンダは涙をぬぐった。ギスギスとした場所ににふくよかなジャスミンがやって来て、本当のオアシスに変えていった。

 

ジャスミンの行動は見習うべきもの。 居心地が悪い場所にいても、自分が行動することでどう状況が好転するのか、考え動くことで、周りの人を変えていける。大したことは起きてないのに、なぜか愛おしくなる作品。不思議な色合い。ドイツ人の旅行者ジャスミンと沙漠でカフェを経営するブレンダ。彼女たちが出会い打ち解け会うまでのゆったりとした時間はたまらなく愛おしい。 気を張ることなくリラックスした気持ちで観ているとゆっくりと自分の硬くなってしまった心が溶けていくのを感じる。 ギスギスした人達の心を、柔らかく包んでくれて大切なことを気づかせてくれるジャスミン。ジャスミンのおかげでみんながハッピーになれるラストがとても嬉しくて幸せな気持ちなれる。

 

この映画の設定をよく考えてみると、確かに今に通じる問題を少し先取りしていた作品だったのかもしれない。いつの時代にも通用する心の問題が描かれていたおかげで、根強い人気を得たのだろうか。主人公は人生に疲れたふたりの中年女性で、結婚に失敗した彼女たちはほろ苦い感情や悲哀を抱えている。そんなふたりがやがて心を通わせ、周囲を巻き込みながら、人種を越えたコミュニティを作っていくところが新鮮に見える。スクリーンの中ではゆったりした時間が過ぎていくだけだが、一度、見ると主人公たちを愛さずにはいられなくなる。自分もそのカフェの住人になったような気持ちになるからだろうか。

脚本は監督自身と製作者である夫人のエレオノーレ・アドロンが手掛けているが、最初に書かれた時は“Lost and Found”というタイトルだった。文字通りの意味は” 遺失物取扱所“だが、「喪失と再生」という意味も重ねられていたのだろう。映画はふたりのヒロインが、失意や惑いの後、本当の人生の輝きを見つける物語になっているからだ。 映画の色調に関しては、ダリの絵画を意識し、監督がいうところの「緑っぽい不思議なやまぶき色」をモチーフしたと言う。実際に土地に行ってみると色の印象はグレーだったそうだが、監督は現実的な感情をドラマに盛り込みながらも、色彩を意識して操作し、暖色系を使うことで、想像の中の世界を描き出していく。

 

そして、冒頭から何度も何度も繰り返し流れる音楽。コーリングユー。 静かにそしてゆっくりと流れるコーリングユーの音楽と乾いた砂漠の風景とが重なり合って乾いた空気感の映像と色彩が溶け込む。 映画が終わったあとも幸せな気分でコーリングユーが頭の中でずっと鳴り響く。 誰かが愛を与えているというより与えていると思っていたジャスミンもそのことにより癒され、結局互いが愛を作り上げていくプロ セスにギスギスしていた心が溶けていく。小さくも優しいシーンの積み重ねがひしひしと心に響きCOVID-19 で苦しめられる昨今 ネガティブなニュースばかりが飛び込んでくる。そんな今だからこそ小さな幸せ、日常に幸せを見つけることがとても大事。 当たり前の日常がどれほど大切なものなのかを感じさせてくれる名作です。